円高とデフレと金融政策

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 民主党から自民党に政権が代わって以降、長らく続いていた円高傾向が反転するようになりました。これにより輸出企業の業績が上振れし、株式市場が活性化。賃上げのニュースも聞かれるようにもなってきました。日本を長年苦しめてきたデフレから脱却できる兆しが見えてきた、のでしょうか?

 日本は長期にわたりデフレが続き、さまざまな脱却策が試みられましたが結局、それは達成できませんでした。ところが安倍政権が成立した後に起きた変化はいったいどういうことでしょうか。そもそも円高とデフレと政策の関係はどのようになっているのか、メカニズム自体が素人にはよくわかりません。

 この点を理解する上で『円のゆくえを問いなおす』(片岡剛士 ちくま新書)がとても参考になります。本書が出版されたのは2012年5月で、まだ民主党政権下で円高が継続していた時期ですが、為替レートとは何か、何が為替相場の変動要因なのかといったところまでさかのぼって為替レートの動向と日本経済への影響、政府と日銀の政策対応をていねいに解説しており、本書の内容を頭に置くと最近のマクロ経済動向が見えやすくなってきます。以下、本書の記述を参考に表題テーマをまとめてみます。

○為替レートとは何か?

「為替レートとは、ある国の通貨とある国の通貨との交換比率」であり、「ドル/円レート」と言えば米国ドルと日本円の交換比率を指します。日本は多くの国と貿易を行っているのでさまざな二国間為替レートがあり、米国ドルに対して「円高」でもユーロに対して「円安」といったことが起こるのに注意が必要です。

 日本が貿易相手国全体に対して円高なのか、円安なのかを判断する際の指標には「実効為替レート」があります。これは複数の貿易相手国を、各貿易額を考慮して一つにまとめたうえで、日本と貿易相手国全体との為替レートを示したものと言えます。実効為替レートには二種類あり、物価の変化を考慮し調整したものが「実質実効為替レート」、調整していないものが「名目実効為替レート」です。

 名目実効為替レートと実質実効為替レートを比較すると、1985年9月と比べ前者は2.6倍、後者は1.2倍となっています。つまり、名目実効為替レートで見た円高は深刻であるのに対し、実質実効為替レートで見るとそれほどでもありません。「だから円高は深刻ではない」と主張する論者もいますが、これをどう解釈すべきかについて著者は次のように述べています。

 貿易相手国との相対的な物価の動きを加味すると、日本の物価が下がっているのに対して貿易相手国の物価は上がっているために、これらを考慮した実質実効為替レートは名目実効為替レートの動きと比べマイルドなものとなるというわけです。(中略)名目実効為替レートやドル/円レートで見た円高は深刻である一方で、実質実効為替レートが比較的マイルドな動きを示しているという事実を言い換えれば、「名目実効為替レートやドル/円レートにおける円高という対外要因ショックを、デフレという形で国内経済において調整しているのがわが国の現状である」とも言えます。

 つまり、「わが国の問題は、円高がデフレと同時並行で生じていることにある」ということです。

 
○為替レートはどうやって決まるのか?

 為替レートの長期的トレンドを説明する仮説には「購買力平価」に基づく仮説があります。これは「同じ品質、かつ同じ満足が得られる財やサービスの価値が、自国と外国において等しくなるように為替レートが決まるという考え方」です。ある国の財やサービスの価値は、それらを一まとめにした価格である「物価」で表されます。したがって、為替レートの長期的変化は「自国と外国の長期的な物価の動きに依存している」ことになります。

 短期、中期の為替レートの動きを説明する代表的な仮説には「金利平価説」があります。これは「自国で自国資産を運用する場合と、外国で外国資産を運用した場合の運用益が等しくなるように、通貨の交換比率である為替レートが決まるとする考え方」です。為替レートの短中期的変化は「自国と外国の名目金利差と予想物価上昇率の差に依存」します。

 以上をまとめると、為替レートの変化には次の要因が影響を与えます。

 長期的為替レート:自国と外国の物価上昇率
 短中期的為替レート:自国と外国の名目金利、および予想物価上昇率

 これらの要因に影響を与えることが可能な政策は、中央銀行が行う金融政策です。

○なぜ従来の金融政策ではデフレ脱却できなかったのか

 金融政策とは「日本銀行が公開市場操作(オペレーション)などの手段を用いて、『物価の安定を図ることを通じて国民経済の健全な発展に資する』ために行なう政策」です。

 金融緩和政策は名目金利の低下と予想インフレ率の上昇をもたらし、株価や債券価格の上昇、そして消費の増加につながると考えられます。また、海外の要因が一定であれば円安につながり、輸出増加につながっていきます。このようなメカニズムで金融緩和策は予想インフレ率の上昇を伴いつつ、総需要を増加させていきます。そうした効果が持続すれば、デフレ脱却に結びついていきます。

 ところが日本ではこれまでゼロ金利政策や量的緩和政策など金融緩和政策が行われてきましたが、デフレ脱却に十分な効果を発揮できませんでした。一方、海外ではリーマン・ショック後にスイスやスウェーデンが一旦デフレに陥ったものの脱却したほか、米国やイギリスがデフレに陥るのを回避した事例があるそうです。では、なぜ日本ではうまくいかなかったのか。著者はそのポイントを次のように整理しています。

・短期間に大規模な金融緩和を行っていなかった。
・オペレーションの政策効果を高めることができなかった。
・金融政策を行う「枠組み」もしくは「指針」を明確化して、政策当局が設定する予想インフレ率への誘
導を確実なものにできなかった。
・以上を通じて、レジーム転換を果たせなかった。

 たとえば2007年半ばからサブプライム・ローン危機、リーマン・ショック、欧州財政危機が続き、各国中央銀行は金融緩和策を行い、マネーを増やした結果としてバランスシートを拡大しましたが、その日米比、日EU比はそれぞれ2倍、1.8倍(2012年2月時点)。FRBや欧州中央銀行と比べ、日銀の金融緩和策は格段に規模で劣っていたのです。そのため各国と比べた予想物価上昇率は低くなり、円高をもたらしたと考えられます。実際、日本円は対ドルだけでなく主要通貨に対して全面高が続きました。

 したがって、今後日本がデフレから脱却するには、上記四つのポイントの逆が実施されることが必要であると著者は指摘しています。それは同時に今後の経済政策を見る上でのポイントでもあると言え、いまのところ安部政権はうまくやっているように見えます。

 最近、何冊か為替動向に関する書籍を読みましたが、その中では『円のゆくえを問いなおす』が現在の状況を理解するうえで最も良い内容でした。決して簡単に読み進められるタイプの本ではありませんが、腰を据えて読み込むだけの価値があると思います。

円のゆくえを問いなおす: 実証的・歴史的にみた日本経済 (ちくま新書)
円のゆくえを問いなおす: 実証的・歴史的にみた日本経済 (ちくま新書) [新書]

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