「残業代ゼロ法案」批判に欠けているもの
安倍政権で議論されている労働時間規制緩和が「残業代ゼロ法案」と呼ばれているように、労働時間に関する議論は「残業代を支払いたくない経営者vsそうはさせたくない労働者」という図式でとらえられるパターンが多い。
しかしこれからも今まで通り定時を設定し、定時を超えた時間分を残業代として支払うという労働時間管理で本当によいのだろうか。それぞれの働き手の現実に照らし合わせてみると、それは違うのではないか。
工場なら1時間余分に稼働すればその分アウトプットが増加するが、ホワイトカラー労働は必ずしもそうではない。むしろ定時を厳格に設定されると働き方の柔軟性が損なわれ、いろいろ不都合が生じる側面がある。
たとえば私の経験でいうと、以前勤務していた月刊誌の編集部では締め切り前に業務が集中し徹夜に近い状態になるが、それを乗り越えた後は比較的楽な時期が続いた。しかし定時が9時~5時なので、ろくに頭の動かない深夜残業の翌朝も出勤しなければいけないという非生産的な状況があった。
ITやネットの発展で時間や場所が離れていてもコミュニケーションができ、協業できる時代にもなっている。仕事の生産性を高めるためにも、ホワイトカラー労働者が働きやすくするためにも、それぞれの業務に応じて柔軟に合わせられる労働時間管理制度の導入が必要だと思う。
そう考えていくと、「高度な専門職」と年収や職種を限定した新しい制度を導入してもあまり意味がないことに気付く。「一度導入すると際限なく対象者が広がる」可能性に批判がなされているが、むしろそれは逆だろう。年収等で限定するのではなく、世の中にあるさまざまな業務に応じ、労使交渉を前提に弾力的に運用できるような制度の構築が必要なのである。
産業競争力会議の提案に欠けているもの
ただし、現状で労働時間管理の柔軟性を高めると長時間労働を招く可能性が非常に高い。何しろ、長時間労働は長期間にわたり解決されないまま残されている問題だからである。
平成24年労働者健康状況調査によると、過去1か月間に45時間以上80時間以下の時間外労働を行った労働者がいた事業所の割合は30.6%になる。80時間以上100時間だと9.6%、100時間以上は4.7%である。合算すると、45時間以上時間外労働をしている人がいる事業所は44.9%ということになる。(上記図表)
ちなみに、労働基準法で労働時間は1日8時間、週40時間と規制されているが、企業が組合と協定を結ぶと時間外労働ができるようになる。厚労省は健康に配慮して協定の上限を1か月45時間にするよう指導しているが、それを超える時間外労働をしている事業所が44.9%もある、というわけである。
長時間労働は労働者の健康やワーク・ライフ・バランスに悪い影響を与えるので、こうした状況は改善しなければいけない。ところが現在の労働時間規制はザル状態であり、なかなか長時間労働には歯止めがかからない。「結局、労働者に不利な状況になるのではないか」という不信感も、こうした現実に根差しているのだろう。
したがって、労働時間制度の改革は仕事の生産性を向上させる観点から働き方に柔軟性を持たせられるようにすることと、労働者の健康を守る観点から労働時間に上限を設けて規制することをを統合的に考え、実施していかなければならない。
本当に現状のままでよいのか
繰り返しになるが、「残業代ゼロ法案」という観点からの批判だと、「残業代を支払うのか・支払わないのか」という待遇面の議論だけに焦点があたってしまう。(もちろんどんな待遇の決め方が適切かの議論はとても重要である。)
一方、産業競争力会議で提案がなされた内容は、よく批判されているように「長時間労働をどのように防ぐのか」という点が不十分で、それが労働者側の疑念をあおっているようにも見える。使用者側はホワイトカラー・エグゼプション導入の失敗から何を学んだのか、という話でもある。
労働時間改革は安倍政権が経済政策の目玉にしようとしているものの、現実には労使双方にメリットのあるビジョンを描き強力に推進する主体が見当たらないので、導入されてもかなり限定的な制度改革にとどまりそうな気配である。
ただ、それは生産性向上と長時間労働抑止というきわめて重要な課題の解決にメスが入れられないまま、ということを意味するが、それでよいと思っているのなら労使ともにお寒い限りである。
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