【本】うつ病の増加は思わぬところに理由がある、という話

『なぜうつ病の人が増えたのか』冨高辰一郎 幻冬舎ルネッサンス新書

近年、日本でうつ病の人が増えたのはなぜか?
長期間にわたって経済が低迷した上に、社会や働き方が大きく変化して、ストレスとなる要因が増えたから、というのが一番よく聞く答えでしょう。ちょっとうつ病をめぐる状況を知っている人なら、うつ病の診断方法の変化と答えるかもしれません。

だが、著者はどちらの説もとらず、別の可能性を示しています。それは抗うつ薬であるSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)の導入が原因という衝撃的なものです。

日本の気分障害患者数(うつ病が大半を占める)は99年を境として右肩上がりに増加しています。この年はSSRIが日本で始めて導入された年でした。しかし、新しい抗うつ薬が導入されればうつ病患者は減少するはずではないでしょうか?

SSRIを導入した国としては、日本は後発です。実は先行して発売されたイギリスやアメリカ、オーストラリア、カナダなどでは、SSRIが導入された後、うつ病患者が急激に増加するという「SSRI現象」が共通して起き、後発の日本はその後を忠実になぞった形だと著者は指摘しています。

なお、初めて日本で自殺者が三万人を超えた98年に、うつ病患者や抗うつ薬の売り上げは増えていません。うつ病患者が増え始めるのはSSRIの発売後です。「どの国や時代を調べても、経済の悪化にともなってうつ病受診者が増えたという論文は見つけられなかった」と著者はいいます。

では、SSRIが発売されるとうつ病患者が増えるのはなぜなのでしょうか?

著者の見立ては、SSRIの導入にともなって製薬会社がうつ病の啓発活動を行い、うつ病受診率が向上し、うつ病患者数が増加し、抗うつ薬の売上が増加してますます活発な啓発活動が行われるというサイクルが回りはじめるから、というものです。

ちなみに2000年に日本で発売が開始されたSSRIの一つであるパキシルという薬は、今や年間売上500億円。これほどの大型商品が生まれるのだから、製薬会社の啓発活動にも力が入ろうというものです。

ただ、そこには問題があります。社会に病気を啓発する行為は決して悪いことではないように思えますが、行き過ぎや対象を誤ればdisease mongering(病気の押し売り)になります。エイズのように早期介入で明らかに経過が改善する病気なら対策は立てやすく啓発活動も意味がありますが、たとえばハゲやインポは病気と言えるのか? 悩んでいる人はいるだろうけれど、お前は病気だ治療の対象だ今すぐ病院逝って薬を飲めいうのは一種の煽りじゃね?

そしてうつ病は検査等による客観的な評価手段がなく、経過も多様で治療のマニュアル化が困難な病気です。しかも「未受診のうつ病というのは、病院で治療を受けているうつ病患者よりも経過がよいうつ病が多い」(P149)。その結果、過剰診断の危険が出る可能性があります。また、現代の精神医療の現場に多いて増えているのは軽症のうつ病ですが、軽症うつ病に対しては抗うつ薬の有効性が低いという論文もあるそうです。

一方、製薬会社は自分らに不都合なデータを隠ぺいすることによって、抗うつ薬の有効性を強調してきた疑いが出てきました。米国では過剰診断との批判がある小児うつ病の啓発活動を積極的に推進してきたハーバード大学の有名教授らが、複数の製薬会社から数百万ドルのコンサルタント料をひそかに受け取っていたことが判明し、スキャンダルになっています。

本書の主題は以上のように、うつ病の増加の背景に医薬品メーカーによる病気の啓発活動があり、しかもそれがかなりきな臭いものであるとの指摘です。(ただし啓発活動を全否定しているわけではありません)。それに加え、大企業による広報活動のすさまじい影響力とその功罪、一見善意に見える活動が社会にマイナスの影響を与えている可能性など、いろいろな読み方ができるという点でも面白い本です。

なぜうつ病の人が増えたのか (幻冬舎ルネッサンス新書)なぜうつ病の人が増えたのか (幻冬舎ルネッサンス新書)
著者:冨高 辰一郎
幻冬舎ルネッサンス(2010-08-25)
おすすめ度:4.0
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