『習近平』から読み解く中国の現在

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 あれほど猛威を振るった中国の反日デモは柳条湖事件の9月18日を境にピタッと止まり、尖閣諸島を目指したという1000隻の漁船も来ませんでした。ただし、東京で開催されたIMF・世界銀行総会に中国はトップを派遣せず、国際的な評判を犠牲にしてまでも日本への反発を示しています。日本の尖閣諸島国有化以後、「反日」で中国の意思決定と行動は一貫してコントロールされているが、恫喝的な行為で譲歩を要求しはするものの、具体的な実力行使は控えるという感じです。

 冷静にして狡猾だが尊敬できる振る舞いではない、と思います。ただ、中国との経済的な関わりが深くなったいま、多くの人が直接的、間接的に中国の政策による影響を受けるようになっており、その動向には注目せざるを得ません。ところが、中国で政治的な意思決定を誰がどのように行っているのかはなかなか見えにくい。反日デモは文化大革命を想起させるような光景であり、IMF会議のトップ不参加は子供じみているとしか思えませんが、カダフィ大佐や金さんのようなわかりやすい独裁者が一人で理不尽な指示を出しているわけでもなさそうです。

 世界二位の経済大国であるにも関わらず、国家の意思決定や行動がきわめて不透明でわかりにくい。そんな中国を理解するうえで『習近平 共産中国最弱の帝王』(矢板明夫 文藝春秋)は格好のテキストになります。本書は習近平がどのような人物で、なぜポスト胡錦涛に選ばれたのかについて産経新聞の記者が執筆したもの。そこに描写された激しい権力闘争の動きのなかから、中国の権力構造や意思決定の仕組みが明らかになってきます。私のようにニワカで中国へ興味を持った人向けに、本書から現在の中国を理解するために役立ちそうな内容を引いておきます。

一族の存亡をかけた激しい権力闘争

 中国の権力闘争は文字通りの「命懸け」です。民主化を求める大学生らを弾圧した天安門事件の発端も政権中枢の権力闘争であり、当時の共産党総書記、趙紫陽が民主化要求デモを利用して、最高実力者の鄧小平から権力を奪い取ろうとしたものだといいます。

 鄧小平は天安門広場を占拠する大学生への弾圧命令を軍に出そうとしたとき、鄧の長男、鄧樸方は学生に同情的で、父親に対し「再考してほしい」と諫めたが、「ここで引けば彼らに政権を取られる。我々一族はみなミンチにされてしまう」と一蹴されたという。(P.85)

 中国では権力に連なれば金儲けなどの特権を簡単に享受できる反面、ひとたび権力闘争に敗れれば自分だけでなく一族まで粛清されかねないという苛烈さがあります。日本の政治とは異次元のシビアさであることを、まず頭に入れておく必要がありそうです。

意思決定システムと派閥

 現在の中国の意思決定は9人の最高幹部で構成される共産党中央政治局常務委員会です。9人に明確な序列はあるものの、会議が始まれば序列ナンバーワンの総書記でも持っている票は一票だけ。つまり、総書記になっても独裁的な意思決定は難しく、各派閥の利害関係の調整によって物事が決するようです。

 なお、常務委員に選ばれるには事務処理能力のほか、とてつもない強運が必要だそうです。つまり、「良いタイミングで上に引っ張ってくれる実力者の上司がいることが何よりも重要」で、胡錦涛も若い頃は目立つタイプではなかったものの、上司の抜擢を受けてトップに上り詰めました。

 一方、権力をめぐって争う派閥は現在、上海閥と共青団派、太子党の三つ。上海閥は江沢民が党委書記を務めた上海から元部下を中央入りさせて形成されたもの。共青団派は共産党の下部組織、中国共産主義青年団の幹部出身者で構成され、かつて共青団のトップを務めた胡錦涛が自分に仕えた部下を抜擢して形成されました。太子党は習近平を含む、以前の高級幹部の子弟でつくる一大派閥です。ただし、これらの派閥は所属者と利害関係が明確になっている日本の派閥とはだいぶ様子が異なるようです。

 複数のグループに同時に属している人もいれば、同じグループの中にも政治信条が全く違う人も同時に存在し、他のグループの人と連携して、自分のグループ内の仲間と対立することも少なくない。しかも、その関係は時の経過とともに変わっていくため、大変わかりにくい構図だ。(P.99)

 中国の太子党の場合は、派閥のボスも名簿も規則もなく、数千人ないし数万人の政、官、財の既得権益者によって構成される巨大な人間関係のネットワークそのものを指している。太子党と呼ばれる人たちは、個人差はあるものの、ものごとを判断するとき、地縁血縁の影響を受け、自分達のグループの共通利益の最大化の実現に向かって自然と行動するのが特徴だ。(P.51)


なぜ習近平が次期リーダーに選ばれたのか

 以上の構図のなかで、なぜ習近平が次期リーダーに選ばれたのか。それは上海閥のトップである江沢民が推したからといいます。では、なぜ上海閥の江が太子党の習を支持したのか。

胡錦涛引退後の中国の最高指導者には一時、上海閥で上海市党委書記を務めた陳良宇という人物が最有力とされていましたが、汚職事件への関与で失脚しました。これは共青団派による上海閥潰しの一環であったと言われています。その後、胡錦涛の後継者は共青団派の李克強でほぼ決まっていましたが、2007年に江沢民の支持によって、それまで誰もマークしていなかった習近平が急浮上し、両者の立場は逆転しました。

 江が習を支持したのは、子分の陳を失脚させ共青団派で指導部を固めようとする胡錦涛への反撃という側面があります。また、江沢民政権の経済発展至上主義から、「持続可能な発展」の経済路線を打ち出した胡錦涛の政策に対しては、経済界との結びつきの強い上海閥と太子党からは不満が寄せられていました。ここで両派の利害が一致したわけです。

 北戴河会議で上海閥と太子党が同盟を組んだ形となり、数で共青団派を圧倒し、胡錦涛の意中の後継者李克強は、習近平に差し替えられた。党内の対立表面化を避けるため、胡錦涛はこれを受け入れるしかなかった。(P.65)

習近平に期待はできない?

 このような経緯で次期トップになった習近平に対し、著者の評価は辛辣です。

 この歴史上の中華帝国の再来を思わせる超大国のトップになろうとしている習近平は、共産党歴代最高指導者の中で実力は最も弱いといわざるを得ない。(中略)習近平は各派閥が妥協した結果によって誕生した最初の最高指導者であり、党内の各勢力に対しどこにも借りがある。全員の顔色をうかがいながら政治を進めなければならない。(P.7)

 一方で中国社会が抱える問題はますます深刻化するばかりです。特権階級による国家の私物化や官僚の腐敗と横暴と、行き場のない国民の怒り。そして太子党は特権階級そのものであり、そのど真ん中にいる習近平に問題を解決する意志と能力があるかというと、本書を読む限り、かなり疑問が残ります。国内の不満をそらすため、反日的な政策を強める可能性も高そうです。

 これまで中国は高い経済成長によって多くの矛盾を覆い隠してきましたが、経済成長は鈍化しつつあり、過去の景気対策によるバブルが破裂する危険も指摘されています。現在の統治形態がこのまま持つのかというとかなり疑問であり、内部から適切な変革が行われるのか、それとも、ついに『やがて中国の崩壊がはじまる』のか。いずれにせよ、我々は歴史のダイナミズムを見せつけられることになりそうで、願わくばそのうねりのなかで溺れないようにしたいものです。

習近平―共産中国最弱の帝王
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