BABYMETALの歴史と「ヒロインズ・ジャーニー」の物語


8か国22公演にわたるワールドツアーの締めくくりとして9月19日、20日に開催されたBABYMETAL東京ドーム公演は、両日ともに5万5000人のソールドアウトという盛況だった。私は二日目を見に行ったが、SU-METALが一睨みするだけで会場の5万5000人ははっと息をのみ、YUI-METALとMOA-METALは天使の可愛さのなかに精悍さまでにじみ出るようになっていた。

アイドルという日本らしいコンテンツのグローバル展開成功例ということで、BABYMETALはエンターテイメントの分野だけでなくビジネス媒体からも成功要因の分析がなされるようになっている。でも、誰かも触れていたけれど、ネットで散見するそうした文章はだいたいイマイチだ。

 

 典型的なパターンは「メタル×アイドル(J-POP)の融合」というコンセプトやクオリティの高さ、Youtubeを活用したマーケティングといった要素を成功のポイントとする分析だが、だったらテクノポップのPerfumeはとっくにビルボードのトップ40に入っているだろうし、ロックアイドルBuono!(ボーノ)は海外フェスからたくさん声がかかっているだろう、と思う。

 

 つまり、コンセプトやYoutubeの活用も非常に重要な要素ではあるが、そうした文章は何か大事なことを見落としている。では見落としたのは何かというと思い当たることがあり過ぎて、一々上げていくときりがなさそうな感じでもある。結局、現象を一時点で捉え要素を抽出するような分析アプローチそのものが、BABYMETAL人気を語るには馴染まないのかもしれない。

 

 BABYMETALがなぜ幅広い人気を得たのかを考えるには、三人を中心とした歴史をきちんとたどっていくしかないのだろう。で、BABYMETAL発足から現在までを見ていくと、英雄神話構造、もしくは「ヒーローズ・ジャーニー(英雄の旅路)」構造の物語が形成されていることに気付かされる。ヒーローズ・ジャーニーとは、『千の顔をもつ英雄』で知られる神話学者のジョゼフ・キャンベルが示した英雄神話の基本構造をベースに、ハリウッド映画のシナリオ・マニュアルとしてクリストファー・ボグラーがまとめたものである。

 

 キャンベルは『スターウォーズ』のシナリオ制作にアドバイスを送り、ボグラーは『美女と野獣』や『ライオン・キング』『レスラー』といった映画のストーリー開発に関わった人物。英雄神話をキャンベルは「出立」「イニシエーション」「帰還」の三部構成、17のステップで把握し、ボグラーは「ヒーローズ・ジャーニー」を12のステップでまとめている。ここでは「ヒーローズ・ジャーニー」12のステップに沿ってBABYMETALのこれまでの活動をまとめてみる。


(1)日常世界

 ヒーローズ・ジャーニーは、ヒーローの日常生活の紹介から始まる。

 BABYMETALとして活動を始める前、三人の日常世界は日本のアイドル界にあった。SU-METALの世を忍ぶ仮の姿である中元すず香は小学生のキッズモデル3人で結成された1年間の限定ユニット「可憐Girl’s」のメンバーとして活動した後、2010年4月に結成された成長期限定アイドルユニット「さくら学院」にオリジナルメンバーとして参加。YUI-METALこと水野由結とMOA-METALこと菊地最愛は読者モデルやCM出演などの活動を経て「さくら学院」に転入生(実質的にはオリジナルメンバー)として参加した。さくら学院所属時点でSU-METALは中学一年生、YUI-METALとMOA-METALは小学五年生で、アイドルの才能に恵まれた三人はアイドルのエリート街道を歩いていた。

 

(2)冒険への誘い

 外部からの圧力が状況を揺り動かし、ヒーローは変化の始まりに直面させられる。

 さくら学院では部活動というギミックで派生ユニット活動が展開された。バトン部Twinklestarsやクッキング部ミニパティといったアイドルらしい部活動が並ぶ中、それらとはかなり異質な重音部BABYMETALとして10年11月に3人の活動はスタートした。「メタルをやる」のは自分たちでつくったアイデアではなく、さくら学院から与えられたテーマであった。

 

(3)冒険の拒否

 ヒーローは未知のものに恐れを感じ、一時的に冒険から逃げようとする。

 重音部の話を聞いたとき、SU-METALは次のように感じた。

私はけいおんは聞いたことがあったけどじゅうおんは
初めて聞く言葉だったので まず、意味を教えてもらいました
メタルみたいなもの…
メタル? それもわからなかったです。
今まで全く聴いたことのない新しい音楽の世界で
戸惑いと不安ばかりでスタートした重音部ですが、
ダンスの練習中にもあちゃんが「たのし~♪」と笑っているのを
みて、なんだかいいなぁって楽しくなってきました
(中元すず香「もう一回演れて良かったです!!」  さくら学院オフィシャルブログ学院日誌)

 当時中学一年生のSU-METALは、重音部の企画を最初から素直に喜んで受け入れたわけではなかった。

 

(4)賢者との出会い

 ヒーローは年長者の賢者と出会い、訓練や必要な道具、旅の助けになる助言などを受ける。

 SU-METALにメタルを与えた賢者は、重音部BABYMETALの企画をつくったプロデューサーのKOBAMETALであった。

(可憐Girl’sが)1年経ったら解散するっていうのを聞いて、何かもったいないなって思っていて。そのときにPerfumeに続く何かをやれたら面白いな~と思っていたときに、一個思っていたアイデアだったんですよ。
(中略)
 あのアツ過ぎる感じを生かすには何がいいかな?と思ったときにメタルじゃないかな?と思って。SU-METALは普通のポップスも歌えると思うんですけれど、タイプ的にリミッターが効かないので。あの効かなさを生かすにはラウドな音の方が合っているのかな?と思ってやってみたんです。
(『ヘドバン』BABYMETALプロデューサー KOBAMETAL徹底インタビュー)
 賢者は中元すず香の資質をよく理解し、それに合った企画を立てた。YUI-METALとMOA-METALを抜擢した理由についてはこう語っている。
 一緒に組むなら全然違うキャラクターがいいなと思って。で、双子が踊っているみたいな感じがあってYUIMETALとMOAMETALがいいんじゃないかと。双子感は凄くほしいと思っていて。シンメトリーになっているのがいいなと。
(『ヘドバン』BABYMETALプロデューサー KOBAMETAL徹底インタビュー)
 

(5)戸口の通過

 ヒーローは日常世界を去り、なじみのない新しい領域や環境に入っていく。

 BABYMETAL最初のシングル「ド・キ・ド・キ☆モーニング」のミュージックビデオが11年10月にYoutubeで公開されると、当初は日本のアイドルファンにのみ注目されたが、一か月ほどすると海外サイトで話題になり英語のコメントが大量に寄せられた。アメリカのメタル情報サイトMETAL INJECTIONでは同年12月8日付の記事「2011年に話題になったメタル動画トップ15(The Top 15 Metal Viral Videos of the Year)」で9位にこの曲を取り上げた。

 Youtubeを戸口としてBABYMETALはアイドルの世界からメタル、そして海外の世界に足を踏み入れた。

 

(6)試練・仲間・敵

 ヒーローは「特別な世界」で仲間と敵をつくり、試練を乗りこえていく。

アイドルの日常を超えてメタルの世界に入ったBABYMETALや「ド・キ・ド・キ☆モーニング」に対する反応は、決して好意的なものばかりではなかった。そもそもがキワモノ扱いされやすい企画である。男臭く保守的なメタル世界の住人に「これはメタルじゃない」と偽物扱いし嫌悪感を抱く「メタルエリート」が少なくなかったのはYoutubeやSNSのコメントを見れば明らかだった。

 BABYMETALは12年に史上最年少のサマーソニック出演と、初のワンマンライブ開催を果たす。ただし、サマーソニックのステージはフードコートの横にある小さなステージで、ライブはわずか3曲20分ほどだった。このワンマンライブのアンコールからバックバンド「神バンド」が加わって生演奏を行うようになり、BABYMETALの活動に欠かせない存在となった。

 SU-METALが中学校を卒業した13年には音楽フェスへの出演を加速。メトロック、JOIN ALIVE、ロック・イン・ジャパン、サマーソニックと出演者や客層の異なるフェスに参加し、修行を積んでいった。フェスで直接BABYMETALのパフォーマンスを見たアーティストの多くがそれを気に入り、三人との「ずっ友写真」をSNSにアップし支持を表明した。

(7)最も危険な場所への接近

 ヒーローと新たに見つけた仲間が、「特別な世界」での最大の試練に向け、準備を整える。

 だがメタルフェスのLOUD PARK13への出演がアナウンスされると、LOUD PARKのツイッターとフェイスブックは批判リプライで炎上した。純粋なメタルフェスに偽物を呼ぶとはどういうことだ、と。メタル雑誌「BURRN!」の編集者も出演をディスった。一方で神バンドのメンバーを始め反論する者たちもいて、ステージが始まる前からBABYMETALのLOUD PARK出演は大いに議論を呼んだ。

 アウェーの雰囲気が漂う中、実際のステージはどうなったか。当日、会場物販でBABYMETALのTシャツが売りだされると数十分で完売。ステージが始まると最初の曲「BEBYMETAL DEATH」からクラウドサーフをする者が続出し、最後の曲「イジメ・ダメ・ゼッタイ」では「おそらくLOUD PARK史上でも最大の」(『ヘドバンVol.3』俺たちのLOUD PARK13徹底レポート)ウォール・オブ・デスが巻き起こった。

 BABYMETALはアウェーの敵に真正面からパフォーマンスで斬り込み唸らせ、その多くを味方に転じさせていったのだ。14年3月には日本武道館で2daysワンマンライブを行い、同会場開催での女性最年少記録を更新した。

 

(8)最大の試練

 ヒーローは「特別な世界」の中心に入っていき、死、もしくは最大の恐怖に直面する。死の瞬間から逃れることで、新しい人生がやってくる。

 14年に入るとフランス、ドイツ、イギリス等の欧米諸国を回る初のワールドツアーがアナウンスされ、イギリスの大型フェス「Sonisphere(ソニスフィア)Festival UK」への出演も決定した。

 イギリスはメタル世界の一つの中心であり、メタルエリートからの批判は強かった。そもそもメタルはマッチョな白人男性の音楽で、そこにアジア人のカワイイ少女たちが手を出すのは悪いジョークで侮辱的とも見える。かつ欧米諸国には日本とは異なる文化がある。日本的アイドルは彼の世界の禁忌である幼女趣味を思い起こさせ、自分でクリエイトした音楽ではないどころかメタルを聞いたことすらなかった少女がメタルをやるのは「つくりもの」であり、悪しき商業主義として嫌悪するコメントもよく見られた。
 気に食わないアーティストに欧米のフェス参加者は厳しい。敵意の証に小便入りのペットボトルが投げ込まれることもある。

 だからソニスフィアのステージは大荒れになるのではないかと、ファンの間では懸念された。ところがフェスの主催者はサイドステージからメインステージへの格上げを決定した。主催者はこのように語った。
 まず、ビデオのビュー数。それからロックフェスティバルを違ったものにしたいといつも考えていた。「違ったものを求めるならば、まさにこれだ」と思ったね。みんなそう思ってたし、何かを期待してるんだ。ロンドンでのショーが即売したという事実は、彼女らがメインステージに立つという事を正当化できる。
 主催者の目論見通り、ソニスフィアの広大な会場には、見渡す限りの観客が詰めかけた。その数、約6万人。ただし、イギリス初登場であるBABYMETALのファンという人々の割合は少なく、その多くは物珍しさで集まった冷やかしの客と思われた。
 ところがステージが始まると、ヘヴィなサウンドでダンスを踊る少女たちへの戸惑いはやがて歓声に変わり、最後の曲「イジメ・ダメ・ゼッタイ」では大きなウォール・オブ・デスが形成され、フィナーレを迎えると「We Want More!」の大合唱が発生した。海外のアウェー会場でも、BABYMETALは敵を味方に転じさせたのである。

 virtualfestivals.comという海外のサイトの記事では、このライブの様子を次のように伝えている。
これだけは確かなこととしていえよう。冷やかし半分面白半分が支配的だったのが、ソニスフィアを去るころには畏怖の念に満ちた敬意に変わっていた。ベビーメタルの物販に集まる群衆がいい証拠である。
 

(9)報酬

 ヒーローは死と直面して勝ち取った宝を手にする。

 ソニスフィアの成功以降、イギリスやアメリカの音楽メディアはこぞってBABYMETALを取り上げ始めた。15年に入ると「世界で最も売れているロックの週刊誌」イギリスの「KERRANG!」やヘヴィメタル専門誌「METAL HAMMER」が自社の主催するアワードで賞を与え、「METAL HAMMER」では表紙も飾った。

 16年4月に世界同時発売された2ndアルバム『METAL RESISTANCE』は日本のオリコン週間チャート2位のほか、全英総合アルバムチャートで日本人最高位の15位。全米総合アルバムチャート(Billboard 200)では39位にチャートインし、日本人アーティストとしては坂本九以来53年ぶりのトップ40入りとなった。

 

(10)帰路

 ヒーローは冒険を完了させ、特別な世界を去り、宝を持って故郷に引き返す。敵に追われ、切迫した危険な場面となることも多い。

 海外で高い評価を受けさまざまな賞を受賞する栄誉に輝いたBABYMETALだが、日本における評価が活躍に見合ったものになったとは言えなかった。紅白歌合戦には呼ばれず、音楽賞レースとは無縁。マスメディアに取り上げられる機会はそれほど多くはなく、これだけの実績があっても「あのレディ・ガガと共演した……」と他のアーティストの権威を借りて紹介された。

 ラジオDJのピーター・バラカンは16年4月、MXテレビの番組でBABYMETALについて「ロックの分野とは全然違う。僕は(ベビメタの人気が高い事については)世も末だと思っています」と語り、さらに次のツイートをして炎上騒ぎを起こした。

 こうした音楽の批評というより誹謗中傷というべき類がいまだついて回った。

 

(11)復活

 ヒーローは故郷の「戸口」で再び厳しい試練に直面する。もう一度犠牲を払うことで再び死と再生の瞬間を迎え、さらに高い次元の人間として完成される。

 15年末、BABYMETALは16年にワールドツアーを開催し、その千秋楽に初の東京ドームワンマンライブを行うと発表。国内でそれまでステージを踏んできた横浜アリーナやさいたまスーパーアリーナよりもはるかに大きな規模の会場である。ステージングでも集客でも、BABYMETALにとって大きなチャレンジであった。

 4月に日本人で初めてロンドンのウェンブリー・アリーナで単独公演を行い1万2000人を動員したBABYMETALは6月、その勢いにのって東京ドーム追加公演を発表。2日間で11万人を動員する規模に拡大した。
 これまで東京ドーム2daysを実施したのは同じ事務所の先輩であるPerfumeや福山雅治など、一般層にまで人気の浸透したアーティストばかりである。ロックフェスに行くようなコアな音楽ファンはつかんでいても、ワンマンライブで11万人も集められるのか。

 だが、そんな心配が杞憂に終わったのは冒頭で触れた通りである。

 

(12)宝を持っての帰還

 ヒーローは成長をとげ、世界を変える力がある宝を持って故郷に戻るか、そのまま旅を続ける。

 今後の予定としては、12月に行われるレッド・ホット・チリ・ペッパーズのイギリスツアーにスペシャルゲストとして登場することがアナウンスされている。まだまだBABYMETALのヒーローズ・ジャーニー、いやヒロインズ・ジャーニーは続く。

 

 このようにBABYMETALの足跡は映画のシナリオにもなりそうな英雄譚であり、それ自体が多くの人を魅了する戦いと成長の物語である。才能に恵まれた三人がキツネ様にミッションを与えられ、敵地で真剣勝負を繰り返すなかで成長し、宝を得る。その宝とは、言葉や文化の壁をも乗り越え、敵対していた者まで魅了し会場を一つにするパフォーマンスの力と、勝利の結果として世界中に広がるファンであった。

 たぶんビジネス媒体のBABYMETAL論がイマイチに感じるのは、この辺りのシビアな戦いと成長のプロセスをすっ飛ばしがちだからなのだと思う。派手な事業のコンセプトばかりに目を向けて、運用と改善の重要性を見落とす、みたいな。

 それにしても、である。BABYMETALのヒロインズ・ジャーニーはフィクションではなく、生身の三人の女の子が主人公。まだ中学生や高校生の子供には過酷過ぎる旅路で、よく一人も振り落とされなかったものだと思う。それはなぜかと考えると、二つの要因が思い浮かぶ。一つは、ソロではなく三人組で、強固な信頼関係を構築したこと。

MOAMETAL「乗り越える山はあったんだと思います。この3人、このチームじゃなかったら乗り越えられなかった山がたくさんあったなと思って。たとえば武道館とか、あと、前回のワールドツアーの時のメキシコ、イタリアとか、相当な山だったなあと思うんですけど、このチームワークがあったから、またひとつ、大きなチームワークができたんじゃないかなって思います」(注:武道館公演ではYUI-METALがステージから落下するアクシデントがあり、メキシコ公演では標高の高さに苦しみその後の公演にも悪影響を及ぼした)
(ロッキング・オン・ジャパン6月号特別付録「BABYMETAL完全読本」)
 もう一つは、三人の言葉の端々に表れる個々の意識の高さ。それはプロ意識というか、自分のやっている芸能という職業への理解と洞察といったらよいだろうか。以下は子供の頃、SU-METALの可憐girl’sに憧れていたYUI-METALがさくら学院時代に書いたブログである。
 そしてちょうど可憐girl’sがデビューして少し経ったとき、由結の家族が急に病気になってしまったんです。本当にあの時は生命にかかわるくらいの大変な急病でまだ小3だった由結には本当にショックでした。由結は毎日のように病院に行ったけど、小学生だったのでICUに入るコトも許されない。でも心配で心配で、毎日のように待合室で待っていました。病院の先生に「いつも聴いていた曲をかけてあげよう」って言われて、そのころいつも聴いていた曲=可憐girl’sだったので、病室には可憐girl’sの曲を流して由結も待合室で会うことは出来なかったけど、可憐girl’sの曲を聴きながら、無事を祈って応援していました。(中略)
 歌やダンスって由結は本当にすごいって思うんです。元気になるパワーがもらえるんです。もし今…自分が病気になってしまったり、大切な人が病気になってしまったり、病気じゃなくても辛いことがあった時、淋しい時に… さくら学院やBABYMETALの曲を聴いたり、DVDを観てくださっている方にパワーを送るコトが出来ていたら、本当に嬉しいなって思います☆
水野由結「15歳」 さくら学院オフィシャルブログ 学院日誌)
 15歳にしてこんな意識を身につけているのだからかなわない。ゆいちゃんまじゆいちゃん。
 
 
(参考文献)
クリストファー・ボグラー&デイビッド・マッケナ『物語の法則 強い物語とキャラを作れるハリウッド式創作術』KADOKAWA
大塚英志『ストーリーメーカー』アスキー新書
 
 



7 件のコメント

  • ヘイターを、フェスでのライブ一発で寝返らせてるのは、音楽の力。奴らはBMの背景など知ったこっちゃない。つまりSU=METALの声と神バンドの演奏力に打ちのめされてる人がほとんど。そんでYUI MOAは後から来る隠し味。最初は「いらない子」って思われるw

  • 電車の中でよんでいます。
    ベビメタに出会ってからの追体験をしている様な記事でした。
    実際にライブを観て、数少ないインタビュー記事を追いそうして自分で感じないと理解は難しいと思っていました。
    よんでいて不覚にも泣いてしまいました。
    原典を確認してもいない落書き見たいな記事の多いなか、この様な記事が増えることを望んでいます。
    そしてゆいちゃんは宇宙の真理、天上天下ゆいいつぷになYMYYMYです。

  • 素晴らしい記事でした。
    一瞬、コラム?かと思いがちでしたが、しっかりと因果関係が成立し、論理構築がされたもので読み易く、読み応えがありました。
    ―BABYMETALとは何か―
    それを理解する一助になる中身のあるプロの記事、文章でした。
    ともすれば、ベビーメタルに関することに限らず、昨今のマスコミは酷いものが多いですから余計にそう感じました。
    今後もこのメタルダンスユニットを、メタルバンドを取材して追い続けて下さい。
    日本の音楽は捨てたもんじゃない、必ず通用すると言い続けて何十年。
    アミューズを作った大里会長の夢は叶うでしょうか。
    「自分の事務所から世界へ
    世界で通用する日本発のロックミュージシャン/ロックグループを生み出す」
    原田信二に始まった事務所。事ある毎にそう言い続けて早何十年。
    実現するでしょうか。

  • つまり… BABYMETALは本物だってことですね(^_^)

    ヒーローズジャーニーには「 誰もが恐れる 強大な敵の存在 」があります

    BABYMETALのヘイターが雑魚キャラとして 強大な敵とは… と思いながら楽しく読ませていただきました

  • 他のブログで紹介されて拝見しました。気になる点があったのでコメントします。
    >典型的なパターンは「メタル×アイドル(J-POP)の融合」という・・・・は海外フェスからたくさん声がかかっているだろう、と思う。
     これは少し乱暴な意見ですね。PerfumeもBuono!もクオリティーが低いとは言いませんが両者とも海外で特に目を引くほどの存在感があるとは思えない。Perfumeにはバンドがいないし、Buono!は生バンドを付けたりしているが後ろに隠れていてオケといわれても分からないから海外フェスに呼ばれることはない。日本のフェスとは違って海外は生演奏が基本。ビルボードの話もベビメタのように海外レーベルからCD発売されてなかったはずなのでチャート入り以前の問題。
    >BABYMETALがなぜ幅広い人気を得たのかを考えるには、三人を中心とした歴史をきちんとたどっていくしかないのだろう。
     海外にまで人気を得たのはファンが3人の歴史を知ったからではなく、ドキモ、ギミチョコ等のMVきっかけで他のライブ映像を見てハマったはずです。歴史をたどってもそれは後付の理論にすぎない。
    >さくら学院では部活動というギミックで派生ユニット活動が展開された。・・・「メタルをやる」のは自分たちでつくったアイデアではなく、さくら学院から与えられたテーマであった。
     ベビメタはコバメタルの独立プロジェクトです。メタルはさくら学院から与えられたテーマというのはおかしい。3人がさくら学院生でもあるため、便宜上、重音部所属にしていただけです。さくら学院にはちゃんと別にプロデューサーがいます。
     長文辛口で済みません。気になったもので。

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