9.11朝日新聞「吉田調書」謝罪会見 雑感

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 朝日新聞がいわゆる吉田調書を独自に入手し、第一報を報じたのは5月20日だった。

「東日本大震災4日後の2011年3月15日朝、福島第一原発にいた東電社員らの9割にあたる、およそ650人が吉田昌郎所長の待機命令に違反し、10キロ南の福島第二原発に撤退した」

 しかし同社はこの記事について撤回、謝罪に追い込まれる事態となった。吉田調書という記事の絶対的な根拠となる文書がありながら、なぜこんな事実の間違いが生じたのか。昨日の記者会見で質問に対し同社は次のように回答している。

――事実の誤りなのか、評価の誤りなのか。

 「吉田所長が『線量が低いところに残るように』と話した記録は朝日新聞が独自に入手した資料にある。テレビ会議で吉田所長が話したその内容から、所長の命令があったと理解した。福島第一原発から第二原発に多くの方が移ったことが、形式的には命令と違う形の行動になったということで、命令違反と考えた。しかし、多くの方にその命令が伝わっていたかどうかを十分に吟味しないまま記事にしたということが8月末から9月の調査ではっきりした。結果的に事実ではないと判断した」

 ――吉田所長の命令はあったが伝わっていないと。それを命令違反と言った。

 「その通りです」
 出典:朝日新聞ウェブサイト 「読者の信頼傷つけた」朝日新聞社長会見、主なやりとり

 つまり、吉田所長の命令が伝わらず、命令とは異なる行動が結果として起こったことをとらえて「待機命令に違反し、10キロ南の福島第二原発に撤退」と書いたわけである。さらに吉田所長は調書のなかで「第二原発に避難して結果的によかった」という趣旨の発言をしているが、記事では触れられていなかった。
 
 これらを踏まえると、執筆した記者は意図的に事実をねじ曲げて執筆したという感を受ける。ただし、この点について上記の記事で朝日新聞は否定している。

「意図的ではない。非常に秘匿性の高い資料であったため、調書を見ることができる記者を限定していた。福島原発事故の取材が長い専門的な記者が取材にあたった。結果、取材班以外の記者やデスクの目に触れる機会が非常に少なく、チェックが働かなかった」

 しかしこれではチェックが働かなかったということしか言っておらず、「意図的ではない」という説明になっていない。

 で、ここから先は私の想像だけれども、この記事の執筆に関わった記者は、せっかく得た独自資料でより大きな「反響」を得たかったんじゃないか。それも、権力批判につながるような形で。

 大学生の頃、新聞記者志望だった私はマスコミセミナー等々で現役の新聞記者や記者上がりのジャーナリストの話をたくさん聞いた。その人たちの話でほぼ共通していたのは、新聞記者の役割は「社会の木鐸」であり「権力の監視者」というものだった。

 ただし、その大前提となるのが事実を間違いなく過不足なく記述することである。ところが朝日新聞は従軍慰安婦報道にしても、世間の反響と権力の監視者を優先し過ぎな感がある。要は事実の前に世の中の注目を集めることやら反権力イデオロギーやらが先にあって、その目的にそって事実がピックアップされ、記事が作成されていると感じることが少なくない。

 私みたいなフリーランスのライターでも注目を集めることと、事実を間違いなく過不足なく記述することの両立に苦慮する場面は発生する。事実を平版に書いてもあまり読んでもらえないですから。でも、だからといって事実を曲げるという発想にはならない。世の中の反響を集める記事を書きたいとは思っているが、事実を曲げたらこの仕事をする意味がないし、いずれ信用を失って仕事もなくなってしまうのは諸先輩方が示している通り。結果として間違っていたということはいつでも起こり得るけれど。

 一部の取材陣に問題があったのか、構造的な問題がなかったのかについては社内の信頼回復委員会で検証するそうだが、会社のミッションまでさかのぼって議論しないと、朝日新聞の「意図的な」記事はなくならないだろう。さらに付け加えると、押し紙問題をいまだに頬被りしているような企業ガバナンスのあり方も、今回の件とは無縁ではないと思う。

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