生産性は労働者が頑張れば向上するものでもない、というお話

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 ちょっと前、財界の偉い人からこんな発言がありました。
「日本は勤勉な国で、生産性が高いはずと考えられるが、残念な結果だ」
日本生産性本部 茂木友三郎会長(キッコーマン名誉会長)
 海外へ行くとよくわかりますが、日本の労働者の大多数はよく働きます。これほどサービス品質のよい国はあまり思い浮かびませんし、過労死や過労自殺が問題になるほど、健康を悪くするまで働く人もいます。
 ところが茂木会長が言うように、海外の国々と比べ日本の生産性は低い。とりわけよく指摘されるのが「日本のサービス業の生産性は低い」。昨年に安倍内閣で閣議決定された「骨太の方針」では「雇用、GDPの7割超を占め、生産性向上の潜在可能性が高いサービス業において、『サービス生産性革命』を推進する」と政策課題に位置付けられました。
 従業員は勤勉なのに生産性は低い。これはいったいどういうことなのか。どうすれば生産性は向上するのか。ちょっと調べてみたら一般的な通念とはけっこう異なる部分のあるテーマだったのでまとめてみました。
 

◎「生産性」とは何か?

 まず、「生産性」とは何かについて確認してみましょう。生産性は経済統計で効率性を表す指標して使われるとともに、日常的な場面でも「チームの生産性を上げなければ」「あいつは生産性が低い」などと使われる言葉です。大きくまとめると、生産性はいろんな場面で効率の良し悪しについて使用されている表現で、基本的な考え方は「投入量(インプット)と産出量(アウトプット)の比率」です。 

 日常的な使い方であれば「あいつは生産性が悪い」というとき、「同じ時間働いているのにあいつは他の社員の半分のアウトプットしかない」といった状況があるわけですね。式にすると次のようになります。

 生産性=産出(アウトプット)÷投入(インプット)

 少ないインプットでたくさんのアウトプットが得られれば生産性はよくなります。

 ただ、ビジネスでは一口に「インプット」といっても時間やお金、人員などさまざまな要素があります。「アウトプット」にしても売上高やモノの生産量、生産額など、こちらもさまざまな要素が考えられます。

 指標として使われる生産性はアウトプットをモノの量とする「物的生産性」と、アウトプットにお金などの価値量を用いる「価値的生産性」に分けられます。さらに物的生産性は個別の生産要素を用いる「要素生産性」と、さまざまな要素全体を用いる「総合生産性」があります。

 一般に生産性というと、労働をインプットとする「労働生産性」を指しているケースが多いようです。ただし、労働生産性は一国の経済全体でみた生産性や、産業や企業ごとの生産性に分けられます。さらにはアウトプットを物量とする「物的労働生産性」と、価格で示した「価値労働生産性」、付加価値で示した「付加価値労働生産性」があります。

 (参考URL:日本生産性本部 生産性とは

 このように労働生産性だけでもさまざまな種類や話のレベルがあり、個人の業務と企業、一つの国の生産性向上でも話が違ってきます。生産性に関する議論を行うときはどの生産性を対象にしているのかに注意する必要がありそうです。

◎生産性が高い国の秘訣

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 日本の労働生産性は世界的にみてどのくらいの水準にあるのでしょうか。

 茂木会長の発表した、日本生産性本部の『日本の生産性の動向 2015年版』リリースによると、2014年の日本の労働生産性(就業者1人当たり名目付加価値)は72,994ドルで、OECD加盟34か国中21位で、主要先進7か国で最も低い水準でした。この数字は米国の約6割の水準だそうです。

 ランキング1位はルクセンブルクの138,909ドルでした。なぜルクセンブルクがトップに立てるのかというと、カギは産業構造にあるようです。

 ルクセンブルクは主力産業である鉄鋼業のほか、ヨーロッパでも有数の金融センターがあることで知られ、GDPの半分近くが産業特性的に生産性が高くなりやすい金融産業や不動産業、鉄鋼業などによって生み出されている。(中略)こうした労働生産性の高い分野に就業者の3割近くが就業していることから、国レベルでも極めて高い水準の労働生産性を実現している。

 (『日本の生産性の動向 2015年版』)

 2位のノルウェーは石油を産出し、3位のアイルランドは低い法人税率や外資優遇策でグローバル企業のヨーロッパ拠点誘致に成功し、高賃金の雇用を生み出しています。また、上位は人口規模の小さな国が多いのも特徴です。

 一方、ギリシャやスペインといった経済危機が伝えられ、かつあまり勤勉ではなさそうなラテンの国が日本より上位にランキングしています。これは、ここで使用されている労働生産性の定義が

 労働生産性=GDP÷就業者数(または就業者数×労働時間)

 となっているためです。つまり、GDPの落ち込み以上に雇用調整が進み就業者数が減少したため、ギリシャやスペインの労働生産性が向上したわけです。しかし、こういう形の生産性向上は意味がありません。

◎生産性の向上は経営力の問題

 どうすれば生産性は上がるのかという話については、前述したようにどの生産性を対象にするかによって議論の内容は変わってきます。国全体の労働生産性を上げるという話であれば上位国のように生産性が高くなりやすい産業構造をつくるか石油でも掘り当てる、ということになります。でもこれって個々の労働者が勤勉に働けばよくなるという話ではなく、国の産業政策云々の話ですね。

 見方を変えれば日本の労働生産性の低迷は儲からなくなった産業をスクラップして儲かる産業を創出できていないから、ということなのかもしれません。

 政府が政策課題に位置付けているサービス業の生産性については、そもそもどう測るのかが非常に困難という事情があります。

 サービス産業には多様な業種が存在するうえ統計が未整備で、実態がよくわかっていないのです。

 (経済産業研究所 サービス産業の生産性は本当に低いのか

 それでも、サービス産業の個々の企業が自社の生産性向上をはかるのは重要なことです。では、それをどうやるか。モノの生産がない、あっても従属的な位置づけになるサービス業では価値労働生産性か付加価値労働生産性が指標となります。そして、付加価値労働生産性は「物的労働生産性×製品価格×付加価値率」に分解できます。分解の仕方は次の通り。

労働生産性の関係式

   物的労働生産性=生産量÷従業者数

   価値労働生産性=生産額÷従業者数=(生産量×製品価格)÷従業者数

                   =(生産量÷従業者数)×製品価格

                   = 物的労働生産性  ×製品価格

   付加価値労働生産性=付加価値額÷従業者数

                =(生産額÷従業者数×(付加価値額÷生産額)

                = 価値労働生産性 × 付加価値率

                = 物的労働生産性 × 製品価格×付加価値率

 (日本生産性本部:生産性とは

  この式から付加価値労働生産性を高めようとするならば物的労働生産性を上げる、製品価格を上げる、付加価値率を上げるという3つのやり方があることがわかります。

 物的労働生産性を上げるとはたとえば、飲食業でキッチン等の機械化を進めて生産量を増やしたり、作業を効率化してより少ない従業員数で同じだけの生産量をキープするといった方法が考えられます。ただ、サービス業で機械化できるところは限られるでしょうし、作業の効率化で従業員を減らす取り組みはすでに多くの企業で行われ、その弊害、すなわち過重労働が大きな問題になっています。

 そうなると価格を値上げするか、付加価値率を高めるかということになりますが、これも従業員が勤勉だからどうなるというものでもありません。先日、ディズニーランドを運営するオリエンタルランドが値上げを発表して話題になりましたが、ブランド価値を高めたり、従業員教育に投資し高質なサービスを提供したりして、ユーザーに値上げを納得してもらえるような経営レベルの取り組みが必要なわけです。

 冒頭の茂木会長の発言にもあらわれているように、従業員一人ひとりが勤勉に働くことが生産性を上げるイメージがあります。しかしアウトプットを付加価値で考えるとそれはワンオブゼムであって、重要なのはむしろ経営レベルの施策による要素が大きい。逆に一人ひとりの従業員をより勤勉に働かせようとする一方、価格や付加価値率の向上を怠ればインプットが増えてもアウトプットは変わらず、従業員は疲弊し、生産性は下がりかねません。その極端な帰結がすき家のバイト退店による大量閉店騒ぎでした。

 むろん個人の業務における生産性向上は永遠の課題ですが、阿保な経営者が「お前ら、もっと生産性を上げろ!」とむやみにハッパをかけるだけの会社では、転職を考えたほうがよいかもしれまぜん。経営力の高い会社に移れば同じ仕事量でも給料は上がり、個人の生産性が高まる可能性がありますから。
 (参考URL)
 日本総研 日本のサービス産業の生産性は本当に低いのか
  内閣府 サービス産業の生産性

5つの選択 卓越した生産性を実現する
コリー・コーゴン
キングベアー出版
2015-11-14


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