職場における精神的疾患の問題は単にうつ病だけでなく双極性障害や発達障害等々、さまざまな精神的疾患が存在し、それぞれ対処の仕方が異なります。
そうしたメンタルヘルスの多様な問題を理解するには、その人の土台にある愛着スタイルを理解することが大事だと『働く人のための精神医学 』(岡田尊司 PHP新書)では述べられています。
大人になって、うつうや不安障害になるという場合にも、対人関係や結婚問題、子育てで躓くという場合にも、その人が幼いころから身につけた愛着スタイルや愛着の安定性が、知らずしらず影を落としていることが少なくない。目の前の問題だけを見ていたのでは、問題の全体像はつかめない。
(岡田尊司『働く人のための精神医学』PHP新書 P26)
同じ著者の『愛着障害』もあわせて読んでいくと、それぞれの愛着スタイルを理解することが自分自身にしても他者にしても、それぞれの人間を理解するうえで有効な視点であるように思えます。いろいろな精神的疾患を愛着に還元しすぎるきらいがなきにしもあらずなので、そこは割り引いて読む必要があると思いますが。
では、愛着スタイルとは何を指しているのか。『働く人のための精神医学』から以下に要約してみます。
◎「愛着」に注目が集まるようになった経緯
最初に愛着の問題に焦点が当たるようになったのは、不幸な境遇に置かれた子供の問題としてでした。
19世紀には施設に連れてこられた赤ん坊の9割が亡くなり、20世紀の中ごろでも孤児院で育つ子供の3分の1は亡くなっていて、大人になっても著しい発達や社会性の問題を抱えていました。ところが、刑務室の育児室で育った子供は死亡することなく、発達上の問題もあまりなかったそうです。
そこから明らかになったのは、「子どもの成長には安定した愛着が養育者との間で築かれることが不可欠」であることでした。ここでいう愛着とは誰でも可愛がってくれればいいわけではなく、「特定の人との間で育まれる絆」を指します。
そこで養育施設では特定の人が中心的に関わる仕組みやスキンシップを増やす等の対策が行われた結果、死亡率は大幅に改善されました。とはいえ、親から離されて育った子どもには発達や対人関係の問題が起きやすく、「愛着障害」と呼ばれるようになりました。
ところが愛着障害は1980年代から一般家庭の親に育てられた子どもでも急増しはじめます。その子どもたちは虐待やネグレクト(育児放棄)を受けた子どもたちで、親自身が愛着障害を抱えていると子育てが困難になりやすい傾向もあります。
さらに、母親に育てられている一般の子どもたちを調べてみると、一歳半の段階で愛着が安定していたのは3分の2にとどまり、3分の1は母親に対し不安定な愛着しか示さないことがわかりました。後者は愛着障害というほどではありませんが、成長するにつれ不安やうつなどの問題が認められやすいこともわかってきました。
すなわち、愛着の問題は一般的な家庭で育った子どもでも普通に起こり得る問題であり、中年期に達しても約3分の1が不安定な愛着スタイルを引きずり、社会生活や対人関係、心身の健康に影響を及ぼすことが明らかになりました。
メンタルヘルス問題は、まずその人の土台となる愛着スタイルの理解が重要で、そのタイプを知っておくことは、自分の生き方や物事の受け止め方を深いところで左右している無言の力を理解することになると岡田氏は指摘しています。
◎愛着スタイルの「型」
愛着スタイルは大きく安定型と不安定型に分けられ、後者はさらに不安型と回避型に分けられます。過去に愛着が傷ついた体験を引きずる未解決型もあります。
(1)安定型愛着スタイル
安心感や人に対する信頼感に恵まれており、対人関係が恒常性をもったものとして安定しやすく、ストレスにも強い。
(2)不安型愛着スタイル
相手の人に見捨てられたり嫌われたりする不安が強く、相手の顔色をうかがい、それに気持ちや行動を左右されやすい。人に頼り過ぎてしまう反面、相手の至らない点に厳しく、頼っている人を責めやすい。気分や人生に対する態度もネガティブになりやすく、良いことよりも不満な点や心配な点にばかり目がいきがちである。
(3)回避型愛着スタイル
対人関係をあまり求めず、仕事や自分の関心のある趣味などに生きがいを見出す。親密で距離の近い関係は苦手で、あまり楽しく感じられない。一人で好きなことをして過ごすほうが楽だと感じる。ストレスがいつの間にか体の症状として出やすく、心身症やパニック障害にもなりやすい。
(4)未解決型愛着スタイル
まだ克服されていない愛着の傷が生々しく残っているタイプで、親のことを考えるだけで気持ちがむしゃくしゃしたり落ち込んでしまったりする。両親との別れや両親の不和、離婚、虐待、見捨てられた経験などが未解決な傷となっていることが多い。
◎安定した愛着は「安全基地」
以上が『働く人のための精神医学』から愛着スタイルについての要約です。けっこう思い当たるところもあるのではないでしょうか。
安定した愛着は「安全基地」のような働きをし、何らかの危機を迎えたときでも、頼れる安全基地があると安心感を得られます。ゆえに安定した愛着を持っている人は知的探求や対人関係にも積極的になるそうで、これは大人になっても同じです。
留意しておきたいのは愛着の問題は母親との関係に焦点があたりがちですが、愛着関係は母親だけに限定されないということです。母親がいなくても安定して成長する子供もいるし、その逆もあります。環境だけでなく遺伝的な要因も関係します。
また、愛着が形成されるとくに重要な時期は1歳半くらいまでですが、その後も周囲の影響を受けます。青年期になると愛着スタイルはほぼ固まったものになりますがそれで終わりではなく、配偶者との関係等の影響を受けて変化することもあります。
自分自身の思考や行動の傾向をつかむうえでも、対人関係でも愛着スタイルの視点を持っておくと役立ちそうだというのが、二冊の本の読後感です。とくに対人関係で相手からちょっと理解に苦しむような行動をとられたとき、愛着スタイルの観点からその行動を考えてみると、より深く相手を理解できる場面があるかもしれません。
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