今月19日に「過労死等防止対策推進シンポジウム(東京会場)」が開催されました。これは今年7月に閣議決定された「過労死等の防止のための対策に関する大綱」に基づき、厚労省が民間団体と連携して実施しているイベントで、東京も含め全国29会場で開催されます。
東京会場では弁護士や産業医など識者によるプレゼンとパネルディスカッション、過労死家族の会による体験談発表がありました。
このシンポジウムのなかで「過労死等の防止のための対策に関する大綱」の意義と活かし方と題し、過労死弁護団の玉木一成弁護士から大綱についての解説がありました。よく整理された内容だったので、以下に要約しておきます。(私のメモと記憶、配布された資料に基づく記述なので、間違いや問題などありましたらご指摘ください。)
◎過労死、過労自殺を防止するための三つの目標
「過労死等の防止のための対策に関する大綱」(以下大綱)は、2014年11月に施行された過労死等防止対策推進法に基づき、過労死や過労自殺の防止対策を効果的に推進するために定められた。大綱の決定については厚労省に設置された過労死防止対策協議会の意見を聴くことになっており、そこには当事者代表(過労死遺族)4人も参加している。
過労死等を防止するための対策の基本的な考え方は、実態解明のための調査研究が急務であるとともに、長時間労働を削減し、仕事と生活の調和を図ることとなっており、次の三つの目標が掲げられている。
① 平成32年までに週労働時間60時間以上の雇用者の割合を5%以内に
現在、労働者全体では1割弱、30代男性では17.0%となっている。
② 年次有給休暇取得率を70%以上に
現在の取得率は5割を下回り、正社員の約16%が1日も取得していない。
③ 平成29年までにメンタルヘルス対策に取り組む事業場を80%以上に
平成25年は60.7%にとどまっている。
◎法的規制と36協定の抜け穴
なぜ長時間労働を防げないのか。法的規制との関係を考えると、まず長時間労働を削減するための前提となる労働時間の適正な把握がうまくいっていない。このため(弁護士である登壇者が)過労死事案を担当したときは、建物のセキュリティ記録やパソコンの使用履歴から実際に働いていた時間を把握している。
36協定も長時間労働と大きく関わっている。現在は原則として月45時間を超える時間外労働を許可する協定については、労基署が指導を行っている。しかし、問題なのは特別延長時間の規定である。
事例をあげると、労働者の過労自殺が労災認定された大手飲食店チェーンの36協定で、時間外労働の原則は1か月45時間、年間360時間であるが、特別延長時間は次のように規定されていた。
「宴会シーズン及び人員の割合により特に業務が繁忙となった場合は、労働者の代表と協議の上、年間6か月を限度として、月間120時間、年間950時間まで延長することができる。」
これでは120時間もの時間外労働を6か月もさせたうえに、残りの6か月も38時間の時間外労働をさせることが可能になってしまう。そもそも1年の半分が特別延長できるのならば、それは「特別」ではなく「常態」ではないか。なお、この企業では従業員の過労自殺が認定された後、時間外労働の上限を75時間に変更したが、「年間6か月を限度として」の規定はそのままにしている。
過労死が労災認定された別の大手飲食店チェーンでは、初任給が最低19万4500円、そのうち7万1300円が役割給で80時間の時間外労働手当とされていた。つまり、残業が80時間未満の場合は役割給が減給されてしまい、基本給の1時間当たり給与は713円にしかならない計算である。
大綱では36協定の労働者への周知徹底や、過労死・過労自殺の労災認定基準、すなわち残業時間が月45時間を超えて長くなるほど業務と過労死・過労自殺との関連性が強まること。そして発症前の1か月間に100時間、もしくは発症前の2か月から6か月にわたって月80時間以上の残業が認められる場合、業務と過労死・過労自殺との関連が強いとされることの周知、啓発の実施が明記されている。
それは月100時間を超えたり、80時間を超える時間外労働を2か月以上連続で行ったりすることを認める特別延長規定は問題である、ということも意味している。
周知、啓発は事業者だけでなく、36協定を締結する相手方である労働組合や従業員の過半数代表者に対しても行い、大綱の趣旨を踏まえた協定や決議を行うよう努めるものとされている。
○裁量労働制を悪用した長時間労働事例も
時間外労働規制の例外を悪用した長時間労働や未払い残業の事例も発生している。あるIT関連のブラック企業では、入社後3か月間の試用期間経過後、全員を一律に主任として、主任手当5000円を支払っている。「管理・監督者だから時間外労働手当は発生しない」という理屈だが、実際にはタイムカードで時間管理を行っていた。
全員が主任という主張が認められないと、この企業は裁量労働協定を結びシステム開発部に属するプログラマー全員を裁量労働制対象者とした。しかし実態としては裁量労働者ではなく、プログラマーを朝9時に出社させ、夜10時まで毎日働かせていた。なお、この会社には労働組合がなく、裁判に訴えられたとき以外に一度も時間外手当を払ったことがない。
このようなブラック企業も存在するが、裁量労働制の対象となる労働者や管理・監督者に対しても、事業者には健康確保の義務がある。大綱ではこの点についても啓発、指導を行っていくとしている。
過労死の調査・研究については、労働安全衛生総合研究所に設置される過労死等調査研究センターで多種多様な観点から調査、分析を行っていく。加えて気管支喘息などのストレス関連疾患の発生状況についても調査を行っていく。
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大綱について玉木弁護士は「閣議決定されたという点で一歩前進」と評価していました。今後は実効性の確保が焦点になると思います。また、シンポジウムでの過労死遺族の体験談は痛切で、過労死、過労自殺はゼロにしなければならないと聴衆に訴えるものでした。
参考URL
厚労省 「過労死等の防止のための対策に関する大綱」が閣議決定されました
過労死等防止対策推進シンポジウム
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