ワタミ過労自殺事件を引き起こした居酒屋経営の問題点

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 居酒屋チェーン「ワタミフードサービス」で新入社員の女性が月140時間もの残業で過労自殺し、労災の認定を受けた。事件が起きたのは2008年6月、亡くなったのは入社2ヶ月の当時26歳の女性だった。果たしてどんな働き方をしていたのだろうか。神奈川県労働組合総連合ウェブサイトの労働相談ページに遺族側の主張内容が掲載されている。

(1)一週間の座学後、強制的に長時間労働
(2)最大7日間連続の勤務
(3)研修もまったくないまま、なれない大量の調理業務
(4)休日や勤務終了後もレポート書きに追われ、十分な休息時間がとれなかった
(5)体調不良を訴えていたにもかかわらず会社はなんら適切な措置をとらなかった
(6)さらに朝3時に閉店後も電車が動いていないため帰宅できずお店にいて始発電車で帰ることとなり、過度な疲労と精神的負担が蓄積されました。

 付け加えるとこの女性はこの就職で名古屋から上京し、京急久里浜店に配属されており、家族から離れたストレスもあったと思われる。以上を事実とすれば不慣れな土地で充分なトレーニングを受けないまま、体調が悪いと訴えても休ませてくれず、月140時間も残業させる過酷な職場に放り込まれ、心身をすり減らし自死に至った。

 ただし、会社側は事実の認識が異なり「今回の決定は遺憾」とのリリースを出している。遺族側の弁護士は遺族への謝罪と損害賠償、再発防止策の提示を求めるとしているので、今後遺族とワタミとの裁判に進む可能性もある。

 なぜこのような痛ましい労災事件が発生するのか。もともと外食産業ではこの種の事件が目立つ。日本マクドナルドやすかいらーくといった外食大手で過労死が発生しているほか、入社4ヶ月の社員が過労死した「庄や」の大庄では遺族が会社のみならず役員を相手取って裁判を起こし2011年に役員の損害賠償を認める判決が出されている。

 週刊東洋経済の記事には大庄側役員の主張が記されている。

 管理本部長を務める水野正嗣専務は「飲食業は季節や時間ごとの繁閑差が大きく、一定程度の時間外労働を認めざるをえない。現場の労働時間を役員が把握するのは難しく、今回の判決が通れば他業種の会社経営にも影響が及ぶ」と、納得しない

 繁閑に応じた柔軟性を持たすために残業は必用不可欠だし、役員が現場の労働時間まで一々把握できない、という主張である。しかし、同記事によると大庄では給与の最低支給額に80時間の時間外労働を組み込んでいた。つまり、80時間の時間外労働をしないと不足分を引かれる仕組みだった。また、同社の三六協定では、6カ月を限度に1カ月100時間の時間外労働を許容していた。まとめると、こういうことだ。

 例外である時間外労働を給与の最低支給額に組み込む、”残業ありき”とも捉えられかねない給与体系だった

 この役員は現場の労働時間を把握できないというが、会社は最初から勤務形態に長時間労働を組み込んでいたように思える。

 長時間残業は過労自殺との関連が強い。労災認定された自殺既遂事案についての調査によると、86パーセントに45時間以上の時間外労働があり、100時間以上の時間外労働は53%も見られた。こうしたデータに基づけば、80時間以上もの時間外労働を前提とするような職場が、いかに従業員にとって危険かがわかる。

 労働時間は従業員の健康、いや生命に関わる指標である。常軌を逸した長時間労働に従事させれば少なからぬ人が健康を損ね、過労死、過労自死を引き起こす可能性を高める。だが、それを止めるどころか恒常的な長時間労働が蔓延しているのは、飲食業界の激しい競争環境があるからだろう。値上げが困難な市場環境のなか、コストカットが必須となり、店舗運営に充分な人員が配置されない。その結果、新人に対する教育や支援も充分でなくなる。

 いかに人にお金が使われていないか。次の表はワタミと大庄の売上高、経常利益、従業員数、給与手当、売上に占める給与の割合の推移である。出典は有価証券報告書。

<ワタミ>
                  平成20     平成21     平成22     平成23
売上高(百万円)       104,231    111,291    115,420    123,877
経常利益(百万円)     5,165      6,106      6,349        6,708
従業員数(人)             3,128      3,842       4,144       5,068
(外、平均臨時雇用者数)10,587     11,481     10,243      11,048
給与手当(百万円)       27,705     27,827     27,028      26,849
給与手当/売上高        26.6%      25.0%      23.4%       21.7%

<大庄>
                  平成20     平成21     平成22     平成23
売上高(百万円)        89,656     86,867     83,711     79,227
経常利益(百万円)        2,790      1,111        -729       -814
従業員数(名)                3,500      3,969       3,982      3,928
(パート・アルバイトの
  平均雇用人員)         4,856      4,818       4,735      4,374
給料及び手当(百万円) 24,722     25,231     24,928     23,538
給与手当/売上高       27.6%      29.0%      29.8%      29.7%

 この四年間でワタミは従業員が1940人増えているが、給与手当は8億5600万円減少し、売上高に占める給与手当の割合も年々小さくなっている。一方、大庄も四年間で従業員が約400人の増加に対し、給与手当は11億8400万円の減少と同じ構造になっている。ただし売上高に占める給与手当の割合は増えている。

 ワタミの事業内容は外食だけではないので単純な比較はできないが、仮に、平成23年に経常赤字を出している大庄がワタミと同じ21.7%という給与手当/売上高の割合であったら、給与手当の負担は約63億円軽くなり黒字化する計算になる。給与手当の圧縮が経営の大きなカギとなっているわけだ。

 利益を出すために人件費を圧縮ことは経営施策として否定されるものではないが、従来の営業形態や業務内容のまま行えば一人ひとりの従業員の仕事量は増える。それが行きすぎれば負荷が過重になり従業員の健康や生命すら危険にさらすような状況に陥る。従って人件費圧縮施策はビジネスや業務内容の見直しとセットで行わなければいけないが、それがなされていない状況が今回の事件の背景にあるのではないか。

 要するに、大手居酒屋チェーンの現在のビジネスモデルそのものに、かなり問題がありそうだということだ。

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