「過労自殺は自己責任」論がなぜ時代遅れで有害なのか

 少し前、Twitterで多くのフォロワーを持つ田端信太郎氏が過労自殺について「自殺だから一義的に自己責任なのは当たり前でしょうが。」と発言して炎上した一件がありました。ビジネスの世界で一定の成功を収めた人は大っぴらには言わなくてもこういう認識を持っている人が多いと感じますし、実際にそんな主張を聞かされたことが何度かあります。

 しかし、結論からいうと「過労自殺は自己責任」論は精神医学の側面からも労働政策の側面からも間違っています。というか、これは過労による自殺や精神疾患の労災認定基準をめぐりずっと前に議論済みのテーマである、という話を本稿ではしたいと思います。

自殺は本当に故意なのか?

 仕事で労働者がケガや病気、死亡した場合、労働基準監督署に請求を行い、労災が認定されると労災保険の給付が受けられます。ただし、自殺に関して以前は例外的なケースを除き労災は認定されていませんでした。そもそも労災保険法第12条の2の2の第一項にはこう明記されています。

労働者が、故意に負傷、疾病、障害若しくは死亡又はその直接の原因となつた事故を生じさせたときは、政府は、保険給付を行わない。

 自殺は本人の故意であるから仕事が原因ではない、だから労災保険は支払わないという理屈で、自殺は故意というのは田端氏の考え方と同じです。とくに遺書が存在する場合は心神喪失状態ではなかったとして、労災認定されることはありませんでした。

こうした労災行政の在り方に大きな変更があったのが1999年(平成11年)のことでした。この年、厚労省は「心理的負荷による精神障害等に係る業務上外の判断指針について」という通達を各労基署長あてに出しました。

 これにより、労基署における精神障害の発病の判断基準が最新の診断ガイドラインに改められ(それまでは時代遅れの基準を使用していた)、業務による心理的な負荷の強度を評価するための評価表が導入されたほか、従来は故意だから仕事が原因ではないとされた自殺の取扱いについても業務による心理的負荷で精神障害を発病した人が自殺をはかった場合、仕事が原因であると認められるようになりました。

 この新たな判断指針の内容は精神医学や心理学、法律学の研究者に精神障害の労災認定について検討を依頼した「精神障害等の労災認定に係る専門検討委員会」が作成した報告書に基づいたものです。

 世の中には精神障害が関与しない、いわゆる「覚悟の自殺」も存在するが、「精神障害によって正常な認識、行為選択能力が著しく阻害され、あるいは自殺行為を思いとどまる精神的な抑制力が著しく阻害されている状態」(専門検討委員会報告書)で行われる自殺は、故意にはあたらないというのが精神医学の専門家を含む検討委員会の見解だったのです。

 その根底には多くの自殺事例に関し、精神障害によって「正常な認識、行為選択能力が著しく阻害」されて発生していることは複数の研究で明らかにされていることがあります。これについては、またそのうち。

精神障害の労災認定方針が変更された背景には…

(自殺者数の年次推移 内閣府自殺対策推進室)

 厚労省が精神障害の労災認定について方針を変更した直接的な原因としては、精神障害の発病や自殺による労災請求が増加し、事案の処理を行う労基署の職員が迅速かつ適正に判断するための基準を明確化する必要が生じたことがあります。

 そうした状況が生まれた背景には、98年以降の自殺者の急増、そして当時、過労自殺に関する裁判が相次いで起こされたことがあると考えられます。激務によって自殺した新入社員の遺族が電通に損害賠償を起こした電通事件の第一審判決が出たのは96年3月でした。さらに96年4月の神戸製鋼所事件、98年2月の川崎製鉄所事件など過重労働による自殺をめぐる損害賠償の裁判では、立て続けに遺族勝訴の判決が出されました。

 労基署に労災認定されなかったため国を被告として認定を求める行政裁判でも、原告側の勝訴となるケースが出てきました。

 それは99年3月、長野地裁による過労自殺をめぐる行政訴訟の判決です。これはプレス製品メーカー・サンコーのプレス部門のグループリーダーが長時間労働によるうつ病発症で自殺した事案で、旧来の主張を行っていた大町労基署長の主張は排斥され、遺族の勝訴となりました。

 旧労働省は控訴せず、判決を確定させました。この判決を認めた、すなわち旧来の主張はもう成立しないと判断し、新たな判断指針の策定につながっていったと考えられます。

「過労自殺は自己責任」論は社会的包摂の放棄

 以上の流れを整理すると、注目すべきは①故意の自殺もあるが、精神障害で正常な認識を失った状態で行われる自殺もあるというのが精神医学の知見、②冒頭グラフで精神障害の労災認定の申請件数が急増している事実からも明らかなように、精神障害による労災が看過できない状況になっている、ということです。

 ①については、仕事で精神障害を発症したケースであれば当然、それは救済の対象となるべきでしょう。②については、過労自殺が発生すると遺族は精神的ダメージのみならず経済的な困難に直面します。

 ところが「一義的に過労自殺は自己責任(キリッ」と言い始めた途端、精神医学の知見に反するばかりでなく、救済されるべき被災者、及びその家族は切り捨てられ、救済されなくなってしまいます。ここに過労自殺は自己責任論の大きな問題があります。被災者やその家族などの社会的包摂とは正反対の方向になってしまうのです。

 冒頭の図表の通り、99年に「心理的負荷による精神障害等に係る業務上外の判断指針について」以降、精神障害に関する労災申請は急増しましたが、認定者数は申請数の伸びには追い付いていません。

 もちろん故意の自殺や労災認定されないほうが妥当なケースもあるのでしょうが、過労による精神疾患では救済されていない人のほうが多いのが現状だと考えられます。

(参考文献・資料)
togetter 田端信太郎「過労死は自己責任」 
心理的負荷による精神障害等に係る業務上外の判断指針について
佐久間大輔『労災・過労死の裁判』日本評論社
※厚労省の精神障害等の労災認定関する関係通達はこちらにまとめられている

 

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