「アリさんマークの引越社」にみる、従業員を「アリ地獄」に落とす手口

 いわゆる世の中で「よい会社」とされる企業に勤めている人と最近の悪質な労働問題について話をしていると、「うちも“ブラック企業”ですよ」と言われることがあります。その意味は「うちもハードワークで長時間労働している」ということですが、実情はそういうレベルの話ではないんだよなあと話がかみ合わないことが幾度かあったのですが、とてもわかりやすく悪質な事例が出てきました。アリさんマークでお馴染の引越社です。


弁護士ドットコム:一日中立つ「シュレッダー係」に異動、「アリさんマークの引越社」訴えた裁判始まる

 男性は2011年1月、「引越社」のグループ会社である「引越社関東」に入社。セールスドライバーなどを経て営業職になったが、長時間労働だったにもかかわらず、残業代は支払われなかったという。男性が今年1月に営業車を運転中に車両事故を起こすと、会社から48万円の弁償金を求められ、毎月1万円を給与から天引きされるようになった。

 さらに同記事によれば、個人労組に加入し団体交渉を申し入れると配置転換され、地位確認訴訟を起こすと一方的に懲戒解雇されたうえ、男性の氏名と顔写真入りで解雇理由を「罪状」とした紙を全店に張り出されたそうです(冒頭のツイートの写真)。さらに男性が仮処分の申立て等の訴訟を起こすと会社側は懲戒解雇を撤回し、現在は復職しているものの配属は「シュレッダー係」ということです。

 また下記の記事によると、引越社では引っ越しの自己で発生した損害の賠償金を社員が引き受けるシステムになっていて、損害はチームの「連帯責任」とされ給与から天引きされたり、支払えない分は会社の互助組織から借金を背負わされたりするようになっています。

 NEWSポストセブン:「アリさんマークの引越社」 ミスした社員にカネ請求の実態

 加えて、引越社は威圧的な態度や脅迫的な言辞が目につきます。「罪状」の「一生を棒に振ることになりますよ」といった文面や行動様式、労組の抗議活動に対するこの動画のような対応などからそれがうかがえます。

 法的な観点から男性の訴えや上記の記事を見ると、引越社の対応は以下の点で問題があると思われます。

 (1)残業代の未払い
 (2)弁償金を科し、かつ給与から天引きしたこと
 (3)一方的な配置転換と解雇
 (4)賠償金を借金として社員に負わせること

 以下、順を追って説明します。

(1)残業代の未払い
 残業代の未払いが違法なのは言うまでもありません。労働基準法第37条第1項で会社が時間外労働や休日労働をさせた場合、割増賃金を支払わなければならないとされています。

(2)弁償金を科し、かつ給与から天引きしたこと
 引越社では仕事中に発生した荷物破損や車両事故の損害を社員に負わせていますが、裁判所は会社から従業員に対する損害賠償請求に制限を加えています。事業リスクは利益を得ている会社が負うべきであるという危険責任・報奨責任の原則のほか、経済力の乏しい従業員に損害賠償を科すと過酷な事態が生じるからです。

(参考)
労働政策研究・研修機構:Q6 労働者は、どのような場合に使用者に対して損害賠償責任を負うのでしょうか。

 弁償金を給与から天引きすることは、労働基準法第24条に違反します。同法では賃金は通貨で直接労働者にその全額を支払わなくてはならないとされており、荷物破損の損害を給与から天引きするようなことはあってはならないのです。

(3)一方的な配置転換と解雇
 配置転換については、配転命令が不当な動機や目的に基づく場合、あるいは労働者に著しい不利益を及ぼす場合は労働契約法第3条によって権利濫用として無効になります。解雇についても合理的な理由を欠いたものは労働契約法第16条で無効とされます。労組加入による配置転換や、会社を相手取った訴訟を理由とした懲戒解雇はこれらに引っかかると思われます。

(4)賠償金を借金として社員に負わせること

 このケースで非常に悪質なのが、仕事のなかで発生した損害を社員に借金として負わせる制度がある点です。上記のNEWポストの記事では「友の会から借金をしている社員は少なくなく、Bさんの元同僚の中には、180万円の借金をして会社に払った者もいたという」と書かれています。

 これが事実だとすると、会社が社員を借金で縛り付けて働かせているということになります。借金で身分的に拘束し、労働で返済させるのは戦前の芸娼妓契約や海外の女性が日本に売られて働かされているのと同様の手口で、とても大きな問題です。当然、こうした人身売買的な行為は違法とされ、前借金と賃金の相殺は労働基準法第17条で、労働者の意思に反した労働の強制は労働基準法第5条で明確に禁じられています。

 やたら長くなってしまいましたが、要するに引越社はいくつもの労働法規を無視し、威圧的な態度や言辞も合わせて従業員が逃げ出しにくい「アリ地獄」と揶揄される環境をつくって労働に従事させているようです。よい会社でもみられる過重労働だけに留まらない深刻な問題が存在しているわけです。しかも引越社は引越社関西事件(大阪地判平18.3.10)という労基法17条をめぐる訴訟ですでに敗訴していながら現在の状況があり、労働法規の無視は無知ゆえではなく確信的にやっている可能性が高い。

(参考:労働政策研究・研修機構 (10)前借金相殺~前借金と賃金との相殺禁止~

 労基法に関する知識や労基署、ユニオンなどに駆け込むといった対抗手段を知っている人は、率直にいって運送業界だと少ないだろうし、若い人ならなおさらです。私自身、若い頃に別の引っ越し業者にアルバイトで入ったものの、あまりのひどさに一日で逃げ出したことがありますが、労基法も対抗手段も知りませんでした。ただ逃げ足が速かっただけ。

 悪質な会社がつくる搾取のアリ地獄に働き手が落ちるのを防ぐには、長期的には労働教育の充実や労基署の摘発強化ということになるのでしょうが、これはおかしいと感じたらアリ地獄にはめられる前にさっさと逃げ出すのも勇気であり恥ずべきことでも何でもないと、こうした環境で苦しんでいる方にはお伝えしたいです。


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